コラム FF2400.jp ゲームの紹介とレビュー
専門家のゲームレビューを望む --FF2400-- ゲームのレビュー・紹介

専門家のゲームレビューを望む
2010年9月
ゲームクリエイターはもっともっと発言してもいい。
そう思います。

ビデオゲームのレビューはほとんどが素人によって行われている。
ここでウェブサイトを運営している私もそうです。
同じように各種投稿型レビューサイトでも消費者の意見が多数を占めています。
現在、活発にレビューを行うのはゲームを実際に作っている人たちではありません。
雑誌やウェブメディアのレビューも、確かに著述を職業とする人たちによる専門家のレビューですが、開発側の人間ではない。
以上述べてきた人はゲーム開発の実情を知らないで、製品の上っ面を「楽しい/楽しくない」「自分にあうか/あわないか」で判断していると言ったら言い過ぎでしょうか。
いや、言い過ぎではない。
世の中にあふれるゲームレビューは所詮、好みの問題で片付けられてしまうものばかりです。

普段からゲームを作ってる人たちは奥深い洞察をするための土台ができあがっています。
同僚とゲームについて議論し、プログラムの出来不出来をチェックし、ゲームを作っていく過程で、ゲームについて仕組みを嫌と言うほど考えなければならないからです。
ですからゲームをやるだけでは分からない箇所を解きほぐすことができる。
ゲームそのものを分解していく過程は好き嫌いに捕らわれず、客観的な事実をあぶり出します。

しかしゲームクリエイターを「名乗って」レビューが行われることはほとんどありません。
その理由としてはいろいろなしがらみが考えられます。
会社員としての立場、明日の同僚を批評する可能性、そもそも評論をよしとしない雰囲気、そしてどこからか漏れ出てくる「おまえがやれ」と言う声など。

もちろん社内でレビューが行われている可能性はあるでしょう。
それでも、私は公にすることが大事であると言いたい。

ゲームクリエイターが表に出てくるのはほとんどが宣伝です。
それか「ゲーム観」を述べるだけの大ざっぱな話が多く、個別のゲームソフトに対する意見交換は表に出てこない。
比較的興味深い話が聞けるのは込み入ったインタビューや大きなイベントの講演のみです。
語りにくいのであればせめて匿名でいいので、ブログでも使って発信をしてほしい。

大多数に向かって情報を発信するのは、ゲームに関する議論を盛り上げるのに役立ちます。
それまで内向きであった開発者向けレビューと、素人によるゲームレビューが混じり合ったとき、新たなゲームレビューの地平が見えます。
ゲームについてより深く考えることにもなるでしょう。


そしてゲームを作っている人たちは、自分たちの蓄えたノウハウや成果を外部に公開することも積極的にやらなければならない。
あまり出し過ぎるとメシの種がなくなってしまうので、ほどほどにすべきですが、自分たちの得てきたことを多様な人と共有することは大きな発展につながる。
特に切望されるのはゲーム自体を考える、いわばゲーム論についてです。
どうすればおもしろいゲームができるのか、どうすればわかりやすいインターフェースができるのか、経験則でいいから出す。
これは同時代のクリエイターへ影響もさることながら、次世代を担う人たちへ向けての意味が大きい。
種をまくことでいつかは大きな花が咲くかもしれないのです。
まいた種から芽が出るとは限らない。
けれども、いまは種をまくことが何よりも大事です。
種すらまかれていないのですから。