レビュー
レトロな感じを漂わせるアートが特徴の「作る映画」
エクスプロイテーション映画とは
『WET』というのは妙な懐かしさに溢れている。
画面効果や演出はグラインドハウスとドライブインシアター調のものが多く、どちらも今となってはレトロな感じを漂わせているのだ。
ただしこの二つは日本人には馴染みがないので少し説明をする。
アメリカの映画史をひもとくと、1930年代から60年代にかけて厳しい検閲(ヘイズ・コード)が行われ、ハリウッド映画では過度な暴力やポルノシーンが規制されていた。
しかし検閲が終わりレーティングシステムが導入され、暴力シーンやポルノシーンの多い映画が広く作られるようになっていった(レーティングシステムとはビデオゲームでもおなじみの方式である)。
60年代のアメリカは都心部が荒廃し裕福な白人層が郊外へ逃げていく時期であり、残された都心部のは治安が悪くなっていく。
都心部にある映画館はそれとともに売り上げが落ちてしまい、経営の存続のために、上記の暴力シーンやポルノシーンの多い映画を上映するようになったのである。
これがグラインドハウスである。
それらの映画の権利金が極めて安かったために出来た荒技なのであるが、なかには意欲的な手法を模索したりや社会の暗部をえぐり出す映画もあり、いまでも根強いファンがいる。
グラインドハウスは80年代に入ってホームビデオが普及したり都心の再開発が行われるようになって衰退した。
ドライブインシアターというのは超巨大なスクリーンを屋外に設置し、観客は自家用車のなかから映画を見るという形式の映画館である。
マイカーが普及すると共にアメリカでは広まっていった。
が、これも70年に地価の上昇、サマータイムの導入(上映は夜に行われていたため)、家庭用ビデオの普及で衰退する。
経営の危機に陥ったドライブインシアターはやはり低俗なポルノ映画やバイオレンス映画を安く買い上げ、上映することもあったという。
グラインドハウスやドライブインシアターの末期で上映された映画は主に、エクスプロイテーション映画と呼ばれるものである。
ヌード画像や暴力を含んでいて、観客にショッキングな印象を与えるだけの搾取(=Exploitation)映画とみなされている。
だがタランティーノはこうしたエクスプロイテーション映画の要素を的確に分解し、フィルム・ノワールなどの様々なものも付け加え、90年代にまったく異なる形で復活させたのであった。
『WET』ではグラインドハウスやドライブインシアターで見るかのような薄汚れた演出が使われている。
そしてエクスプロイテーション映画の特徴であった暴力をフィーチャーしたシーンが盛りだくさんだ。
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白黒の映像、フィルムノイズ、ビデオカメラを意識した画面の効果
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奇抜なアート、ミュージック
ゲームの舞台は決して西部劇で描かれているような広大で乾いた砂漠地帯がでてくるわけではないが、
マカロニ・ウェスタンっぽい雰囲気を漂わせているのも特徴である。
この点においても一種の懐かしさがゲームで描かれている。
見て分かるとおり、主人公の女性はガンマンである。
ガンマンの女性はアメリカの砂漠地帯の隠れ家に一人で済んでいて、普段は殺し屋としていきている。
そして金さえ積まれればどこへでも行き、危険なことも平気でやってのける。
濃密な人間関係や感情は描写せず、一種のハードボイルド的な作風を目指していると言って良いだろう。
冷淡な主人公による残虐なシーンが多い。
そして、メニュー画面のデザインはまさに西部劇の世界にでてくる指名手配書のようである。
音楽はギターを利かせたロカビリーサウンドが奏でられている。
マカロニ・ウェスタンとはまったく異なるのだが、どことなくアメリカの古い時代を呼び起こすようなギターサウンドを使っている点に注意がいる。
つまり西部劇にあるような古い時代の香りをただよわせているのである。
多くの人にとって馴染みのない題材
ただしこの懐かしさにはひとつ問題がある。
おそらくグラインドハウスやドライブインシアターに馴染みがある人がアメリカにはいるだろう。
それゆえに一部のアメリカ生まれの人にとっては、このゲームで使われている手法が「どこか懐かしい」印象を与える。
更にゲーム中で流れる音楽は1950年代のロカビリー調であり、これもまたアメリカ生まれの人間に「懐かしい」と思われる。
マカロニ・ウェスタンの雰囲気も「懐かしさ」を呼び起こすことになるだろう。
すなわち
『WET』はアメリカで育った人間にとってレトロなゲームなのだ。
だが、日本で生まれ育った人間にとってそんなイメージは湧くはずがない。
日本風に『WET』を表現するなら昭和風の画面効果に昭和の音楽がながれているようなものである。
ちゃぶ台をみてアメリカ人が懐かしがることがないように、『WET』の様々な小道具や演出をみて日本生まれの人間がレトロな印象を抱くことはないのではないか。
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横っ飛びで的を倒せ
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『WET』を「映画館で」見る
『WET』は「映画館で映画を見る」という体験をゲームの中で再現しようとしている。
プレイヤーは映画『WET』を映画館で見ているのだ。
また同時にプレイヤーは映画『WET』を作る主体でもある。
既に紹介で述べたように、『WET』が上映される映画館はグラインドハウスやドライブインシアターだ。
上等とは言えない施設と屋外上映の雰囲気を出すために、ゲームの画面上では常にフィルムノイズがかかっている。
ひとつひとつのチャプターでは合間合間に70年代を模したCMが放映され、映画でお馴染みのカウントダウン映像もながれる。
もしゲームオーバーになってしまっても、カウントダウン映像ののちにすぐにリスタートされる。
つまり映画のスクリーンを通しているかのような演出がなされているのである。
もちろん『WET』を映画のようにみせかける演出もある。
主人公が小道具を蹴り飛ばした後カメラのレンズが割れたり、カメラをのぞき込むようなしぐさをとるシーンがある。
場面をうつす鏡ではなく、カメラが登場人物を写すひとつの主観的な存在としてプレイヤーの前に現れている。
あまり質は良くないもののカメラごしに映えるようなカットの割り方や技をキメるモーションも見られる。
そして時折、フィルム・ノワールからインスパイアされたゲーム場面に移行することもある。
このシーンでは画面で使われている色が赤と黒の白のみになり、陰影のコントラストが強調される。
主人公が返り血を浴びた怒りと大量の敵を始末する様子を赤で表現し、黒と白の対比がやり場のない怒りからくるむなしさを増幅している。
いずれにしてもゲーム的に意味があるのではなく、フィルム映画の上映をするときの雰囲気作りを狙ったものであることに注意してほしい。
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赤、白、黒の色遣いが印象にのこる
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『WET』をつくる
見るだけでなく、映画を作ることも『WET』の特徴である。
『マックス ペイン』や『ストラングルホールド』に代表されるバレットタイムモードと、『プリンスオブペルシャ』流のアクロバティックなアクションが要だ。
バレットタイムモードは敵を倒す戦略性を高めるのではなく、横っ飛びやスライディングのモーションをみせるためにある。
それゆえ、『WET』では面倒なゲージだとかクールタイムだとかは用意せず、無限に使えるようになっているのだ。
だがこれだけだと演出のための演出になってしない、バレットタイムモードを発動させたくなるようはならないので、プレイヤーがバレットタイムをやりたくなるようにゲーム側でいくつかのシステムが組み入れられている。
第一にコンボの存在である。
バレットタイムモードを連続で使用してコンボゲージをためることによって、ポイントが多くたまるようになっている。
ポイントをためると武器を強化したり新たなモーションをアンロックすることができる。
また、コンボをつなぐと体力が回復するようになっている。
攻撃は最大の防御を体現するかのように、体力の低下を気にせずに敵を攻撃し続けることができるのだ。
第二に攻略が楽になるという点もある。
コンボをつなげば体力が回復することに加えて、攻撃を当てている間は敵から反撃されない。
また、スローモーションになって照準合わせがしやすくなるだけでなく、照準外の敵へのオートエイム機能で単純な攻撃力もあがる。
バレットタイムモードに複雑さはないものの、ひじょうに使い勝手がよい。
自分の好きなように主人公を動かし演技させカメラの前でポーズをとらせる要素は、リアルタイムで操作できるゲームならではのものだ。
『WET』は映画の登場人物になったかのように体験する種類のゲームとは異なる。
体験よりも演技に近いと言えるだろう。
映画館で映画を見ているはずの存在だった視聴者が、いつのまにか映画の主人公の演技を行い、そして演出をする存在へとかわる。
この曖昧なグラデーションこそゲームの特徴であり、『WET』ではありありとあらわれている。
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壁をつたいながら撃てる!
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お気軽だが捻りの足りないゲームパート
しかしゲーム部分はお世辞にも特筆するべきところがない。
第一にその
単調さが欠点として挙げられるだろう。
ボタン一つでアクションが決められる点が逆に作用してしまっている。
どの場面でもバレットタイムを発動させ、それで敵に銃弾をぶちこめば良いだけにってしまっている。
使用制限がないおかげで大胆なアクションが決められるようになったが、ゲージ管理といった戦略の幅をなくしてしまっている。
敵がどのように出てこようとも、とにかくジャンプしてバレットタイムを発動して様子を見ながら反撃すれば良いのだ。
第二に
アクションの少なさが短所である。
『WET』にはアクションを決めて平坦なゲームプレイを面白くかえる要素があるものの、実はあまり機能していない。
というのも種類が少なく、使い勝手の良いものばかりつかいがちで、モーションがぎこちないからである。
実用性があるバレットタイムアクションといえば四つほどしかない。
それだけならまだよいのだが、平坦な地面に立っているときからいきなりバレットタイムに移行しようとすると、その中のうち二つしか選択肢がない。
選択肢がすくなくてほぼ同じ行動をしてさえいればクリアできる。そんなゲームパートなのである。
第三に、プリンスオブペルシャ的なアクションパートの採用がさほど成功していない。
バレットタイムモードに直接つなげられる利点はあるのだが、射撃をおこなわないときに全く面白くない。
タイミングをはからって動いたり雄大な景色を見せてくれるような場面が少ないので、どうしても移動するだけになってしまいがちなのだ。
ただし動画で見る限りは軽やかな動きを見せる主人公は実にかっこよい。
寄せ集め感
『WET』はさまざまな媒体からのインスパイアされた要素を組み合わせて作られたゲームだ。
しかし
どうしても寄せ集め感が漂っている。
タランティーノからはエクスプロイテーション映画、マカロニウェスタン、フィルムノワールといった映画観形成における原点の部分を拝借した。
ゲームの『マックス ペイン』からはバレットタイムで作る映画感をもってきて、プリンスオブペルシャのような華麗なアクションと組み合わせている。
色々なものを総合して作り上げたものということができるだろう。
だが、とんでもないオリジナリティーがあるというわけではない。
よくよく見ていくと「何を参考にしたのか」がすぐにわかってしまうからだ。
また、クリア後にプレイ動画をみると本当に面白そうなのではあるが、ゲーム部分は練り混みが足りなくて特筆すべきことがない。
日本人にとっては馴染みのない媒体から影響された音楽やアートのデザインも多い。
ということで考えれば考えるほど評価を下しにくい。
あえてひとことでいうならば、
なにも考えずに絵的に楽しみ、バレットタイムを発動しまくって映画を作ってしまうゲームだと言えるだろうか。
そうなってしまうと『マックス ペイン』となにが違うのかとなってしまいそうなのだが、エクスプロイテーション映画がどうだとか、この部分は音楽的にどうだとか、そういうことをあまり考えない方が日本で育った人間にとっては良いような気がする。
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ロープを伝う絶景シーンはたまにある
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