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バイオハザード6


ジャンル:アクション
機種:PS3
発売年:2012年
開発会社:カプコン

公式サイト

レビュー2012年11月

紹介

『バイオハザード6』は2012年に発売されたアクションゲームである。開発・販売共にカプコンが行った。
「6」と銘打ってあるが、バイオハザードシリーズ第9弾のソフトにあたる。
現在はPS3とXBOX360で発売されていて、PC版もいずれ発売されるとアナウンスされている。

バイオハザードシリーズは『4』で肩越しカメラに生まれ変わりアクション性を全面に押し出すようになった。
本作『バイオハザード6』もその流れを忠実に守っている。
また、『5』で導入されたCOOPプレイ(協力プレイ)が楽しめるのも特徴である。
オフラインでは画面を分割して遊べるし、オンラインでは世界中の人々とつながって遊ぶことが出来る。
そして今作は敵キャラのゾンビなどを操作して相手のプレイヤーを邪魔をする「エージェントハントモード」も追加された。
操れるクリーチャーはずいぶん弱く設定されていてバランスとしては本当に「邪魔をするだけ」で精一杯のモードではある。
まあ本気で対戦をするようなモードではない。
『4』からお馴染みの肩越し視点。今回はゾンビも出てくる
『4』以降の流れに加えて体術を使ったアクションが追加されている。
銃を使わなくても攻撃できるようになり、更には敵を攻撃してよろめかしたときの体術の実用性がずいぶん上がっている。
だったら銃撃なしでクリアできるのか?というと、それはかなり難しい。
遠くから攻撃を行ってくる敵や体術が効かない敵が用意されているからだ。
加えて体術を無限にできないように、体術を使った分だけ専用のゲージが減るようになっている。
ゲージがなくなると体術や緊急回避が使えなくなる。

だが『バイオハザード6』一番の特徴はTPS風の肩越しシューティングとか体術アクションの追加ではない。
ストーリーの強化が最大の特徴である
主人公が合計7人、シナリオにいたっては隠しシナリオを含めて4つもあるのだ。
それぞれのシナリオは通しでプレイしても初回なら7〜8時間はかかってしまうほどのボリュームがある。
1つの事件を様々な主人公達の視点で体験できるようになっており、『2』で行われていたザッピングシステムよりもはるかに重層的と言える。
ただし演出や物語の語りによって失われたものも多く、ここが賛否の分かれるところだろう。
レビューでは詳しく扱っていく。
体術で敵を倒す
おまけモードにはお馴染みのマーセナリーズモードも用意されている。
マーセナリーズモードもオンラインで二人プレイ可能だ。
一定時間内に規定数のクリーチャーを倒し続ける人気のモードである。
シナリオモードと比べて敵の体力や攻撃に下方修正が入っていて、敵を倒し続ける快感を味わうことができる。
ただし高スコアを狙おうとするとやっていることが単調になってしまいがちな欠点はある。
というのもゾンビの攻撃を見計らってカウンターをするか、或いはゾンビの頭や脚を撃って強力な体術をお見舞いすることがセオリーだからだ。

『バイオハザード6』は視点移動が極めて多くて酔いやすいゲームだと言われている。
その原因としては視界の狭さがよく指摘されている。
しかし狭い視界をパートナーと共に補いながら進んでいくこともバランスの1つとして組み込まれているため、一言で何が正しいとは決めがたい。
UIの悪さもよく指摘されているが、そういうデザインだと割り切れるくらいのものである。
よってレビューではそのあたりを扱わない。
静止画だと伝わりにくいが、カメラ位置は頻繁に変わる。

レビュー

文句の付けようのないほど凝った演出によって得たものは大きいが、失ったものはあまりにも大きい

ゲームの歴史に位置づける

バイオハザードシリーズは様々に変容してきたが、少なくとも抜けていたものがあった。
物語としてはたいしたものではなかったのだ。
ある意味ゲームらしいゲームとも言えるだろうし、ビデオゲームはストーリーテリングに向いていないことを如実に示していたのかもしれない。
ビデオゲームのストーリーでは主人公達の豊かな情緒を描けないままシリーズが続き、登場人物の数といった設定だけがふくれあがっていってしまいがちだ。
これはバイオだけに限ったことではなく、シューティングゲームとかアクションゲームで裏設定とか開発者の談話が持て囃される事例を思い浮かべてみれば明らかだ。

初期のビデオゲームにあったような遊技的なものが「物語性」を得るためには、確かに設定をどんどん追加していくことは必要だったに違いない。
意味ありげな設定をてんこ盛りにして都市伝説を作り上げていった1983年の『ゼビウス』が好例である。
しかしゲームの中でどのように物語を魅せるか、は大きな問題になって残っていた。
だからこそ1997年にはムービーを盛り込んだ『FF7』や、並列世界を扱った『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』のような大胆なビデオゲームが生まれたのである(詳しくは さやわか『僕たちのゲーム史』星海社を参照)。
そうして日本のゲームにおける物語への探求は一種の頂点を迎えるわけであるが、少し後からはアメリカを中心にリアルタイム演出が追求されていくようになる。
よくよく言われているように、『FF7』のムービーのような操作できない場面や画面が切り替わる瞬間をなくそうとしていったのである。
私のウェブサイトでは1998年の『Half Life』が切り替わりを徹底的に排除し没入感を追求した代表例だ。

その流れの中で、ムービーのようなシーンでありながらボタンを押してインタラクティブに物語を進行させるクイックタイムイベントが多くのゲームで使われていく。
もともとは『ダイナマイト刑事』や『シェンムー』(1999年)などで採用されたシステムで、2005年発売の『バイオハザード4』にもクイックタイムイベントが導入されている。
一方でクイックタイムイベントを経由しないでいかにリアルタイムな演出をするかは例えば『コールオブデューティー4 モダンウォーフェア』(2007年)『アンチャーテッド2』(2009年)が好例である。
つまり、リアルタイム演出はビデオゲームの物語性を高めるために不可欠だと現在みなされているのだ。

で、ようやく2012年の『バイオハザード6』に話がつながる。
アメリカでは一人称視点のFPSや三人称視点のTPSといったシューターが人気であり、その枠組みのなかで演出が追求されている。
前述の『コールオブデューティー4 モダンウォーフェア』はアメリカ製のFPSであり、『アンチャーテッド2』はアメリカ製のアクションゲーム(TPS)である。
『バイオハザード6』はクイックタイムイベントをかつてないほど大量に使用し、TPSのような肩越しシューティングがアクションの中心だ。
2000年代以降の「物語性についての流れ」に『バイオハザード6』が忠実に沿っている
ことが分かるはずだ。
しかもシナリオモードには数々の主人公が織りなす物語と映画の基本文法にのっとったムービーシーンも盛り込まれている。
『バイオハザード6』はシリーズ第9作目で初めて物語を極端なほどに重視し、従来とは方向性を大きく変えたのである。
今作のカットシーンは表情の変化を含め、実に良くできている

映像における「地の文」とストーリー

ビデオゲームや映画といった映像作品においては、カメラワークや登場人物の動作が小説でいうところの地の文にあたる。
ここで、ストーリーの骨格がまったくなくてやたらと技巧的な地の文だけが続く小説を想像してほしい。
読者はまったく面白みを見いだせないまま読むのを止めてしまうだろう。
同様なことは映画やビデオゲームでもいえる。
全体をつらぬくストーリーがしっかりと出来上がっている上で、そのストーリーに沿うように技巧的な演出や場面を入れなければつまらないのだ。
もしストーリーを無視した演出を入れてしまうと「演出のための演出」になってしまい、ゲームからは浮いてしまう。
つまりストーリーにのめり込んでもらわないと演出は無意味なのだ。

では映画の視聴者、小説の読者、ゲームのプレイヤーがストーリーに興味をもってもらうためにはどうしたらよいのだろうか。
よく使われるのが「先を知りたくするために謎をふっかける」という方法である。
『バイオハザード6』では「怪奇的な事件の原因を探る」「ゾンビだらけの街から抜け出す」「記憶を喪失した原因を回顧する」「敵討ちをする」「登場人物の謎」「物語の裏を明らかにする」といった目標がきちんと用意されている。
それゆえにプレイヤーはどのシナリオに於いても最初から最後まで目標を喪失することがない。
とりわけ良くできているのが物語の裏を明らかにするエイダ編の「存在」である。
『2』から登場しているエイダという謎の多いキャラクターが『バイオハザード6』に収録された数多くのシナリオに一本の線をつなぐ鍵だ。
元々謎が多くて不可思議なキャラクターだったエイダが、レオン編クリス編ジェイク編のシナリオのあちこちに頻繁に登場し、プレイヤーにこれまた謎ばかり残していく。
そしてすべてのシナリオをクリアした後、最後にすべての謎が明かされるべく、エイダ自身を操作するエイダ編がアンロックされる。
ひとりのプレイヤーとしては謎の核心を知りたいので何が何でも遊びたくなるのだ。
もちろんエイダ編以外のシナリオには明確な目標と、深いドラマが詰め込まれている。
だからエイダ編だけやれば『バイオハザード6』を遊び尽くしたことにもならないし、『バイオハザード6』で描かれる事件の全貌が分かるわけではない。
ぜんぶ遊んで各キャラの物語をクロスオーバーさせてこそ、『バイオハザード6』である。
エイダ編が特にすばらしいというのではなく、エイダ編の「存在」が巧妙かつ上手いのだ。
どのシナリオも仕草や言葉遣いの違いといった細かいところまで丁寧に描かれているので、一回クリアして終わりではなくて何度もクリアして味わう価値がある。
エイダ。それにしても主要キャラは歳をとった。

「地の文」としての演出

では技巧的な演出はどうなのだろうか。
『バイオハザード6』の演出には「映画の基本文法に沿った手法」と「三人称視点シューターならではの手法」が主に混在している。
この2つを中心に見ていこう。
ところで映画的な手法という言葉はゲーム業界においてマジックワード化しており、これを言うだけで何かを語った気になってしまう危険な言葉である(私の書いたブログ記事も参照)。
なので「映画の基本文歩に沿った手法」と書いてある。

「映画の基本文法に沿った手法」とは例えば180度の原則などの技巧を総まとめにしたコンティニュイティ編集が代表例だろう。
1910年代20年代のハリウッド映画で確立され、1930年には世界中の娯楽映画で使われている技法である。
この手法が使われていると私たちは「ああ、映画やテレビの映像だな」と一発で分かるくらいにお馴染みだ。
例えばシーンが切り替わるときに登場人物や物体がまったく同じ動作を継続している、「アクションの一致」といったものがある。
ともかく、『バイオハザード6』のムービーはこのような「映画の基本文法に沿った手法」で描かれている
なぜ「映画の基本文法に沿った手法」を守るのかと言えば、視聴者が場面の転換や変化によって余計なストレスを受けることが無くなるからである。
場面が切り替わっても登場人物の位置関係や動作がガラリと変化しないので、見ている側を混乱させることがないのだ。
ただし忠実に守りすぎるとそれはそれで映像が単調になってしまう。
であるからところどころに「映画の基本文法に沿った手法」を無視し、爆発的な想像力を喚起させるかのように、映像と映像をぶつけあったりするわけである。
『バイオハザード6』でも時折「基本的な手法」から逸脱した場面を作って緊張感を出している(ジェイク編の山小屋やクリス編の最後などが顕著)。
過去作と比べてみると、『4』まではそういったものをさほど意識していなく、『5』でようやく意識し始め、『6』でかなり意識して使われている。
映画を数多く見ている人や実際に映画をとっている人からすればさほど画期的なものではないのかもしれないが、しかしバイオハザードシリーズで使われるようになったのは意味があると言える。
クリスとピアーズ。クリス編の主人公だ。

三人称視点を生かした演出法1

次に取り上げる「三人称視点シューターならではの手法」とは、QTEだとかなんとかでひとまとめにできるほどうすっぺらいものではない。
シューターには一人称のもの(FPS)と三人称(TPS)があり、それぞれ共通するところや異なるところが多い。
ここでは「視界の狭さ」と「視点の自由度」について述べながら、『バイオハザード6』の特徴を浮き彫りにする。

FPSやTPSは視界が狭いと言われている。どういうことなのだろうか。
簡単にいうと、どちらも自分の操っているキャラクターの背後や上部を見れない、のである。
カメラがキャラクターの後部に固定されているおかげで銃を扱いやすいのだが、その反面、どうしても見づらい場所や見えない場所がでてくる。
ということは画面を動かして演出しようとする場合に制限が多くなってしまう。
もっぱらFPSやTPSがストーリーテリングにさほど向いていないと言われているのはこのような理由による。

しかし逆に、制限があるからこそ制限を使った「何か」をできないかと考えることもできる。
だからFPSやTPSでは死角を補い合うために、複数人で戦ったり協力プレイを行ったりするものが多々あるのだ。
実は死角の存在はホラーゲームとも相性がよい。
見えないところから何ものかがやってくるとき、人は恐怖を抱きやすい。
よって死角から敵が出てくるようにすればホラーゲームたり得る。
だが1つ問題があって、死角から敵が飛びかかってくるようになってしまうと、とたんに理不尽なクソゲーになりかねない。
では理不尽なクソゲーにならないためにはどうすればいいか。
そこで登場するのがシューターでは「音」なのである。
「音」を鳴らすことによって、死角にいる何ものかの存在を暗示できるようになる。
『バイオハザード6』では死角を補うための仲間の存在に加え、ゾンビの方向や位置がはっきりわかるように音が作り込まれている。
ゾンビは出現すると必ずうめき音を発しているので、プレイヤーは画面をキョロキョロと動かしてゾンビを探しだし退治する。
ほぼ前作にあたる『5』のような、敵が出現するシーンになれば鳴り響く戦闘用のアップテンポな音楽なんてのはもちろん用意されていない。
プレイヤーに「気持ち悪いゾンビいるのかな?」と思わせれば、ホラーになるのである。
音と死角と生かした演出は、レオン編やどのシナリオにも出てくるラスラパンネというクリーチャー戦がよくできている。
ラスラパンネ。気持ち悪い音をたてる敵で動きは遅いが不死身なため、出てくると厄介。

三人称視点を生かした演出法2

一人称視点のゲームに比べて三人称視点のゲームは操作しているキャラクターが見える。
『バイオハザード6』は三人称視点の特徴を生かし、キャラクターがなにをしているのかをプレイヤーに魅せるような演出手法が使われている。

例えば画面に収まりきらないほど巨大な敵が主人公達を追っかけてくるシーンがある。
このシーン、実は背後をみれない一人称視点では敵から追っかけられる圧迫感を再現することができない。
TPSだってそうではないかとなるのだが、『バイオハザード6』では巧妙にもカメラを一時的に肩越し視点から外し、キャラクターの周りをグルグルと回るようにして再現している。
ほかにも航空機から落ちそうになるときに視点を一時的にズームアウトしたり、ロープを伝って登るときに視点が切り替わる。
ボス戦で特殊な動作を行う場面になったりしても、視点は肩越しから切り替わる。
もし一人称視点で視点が切り替わってしまったら、プレイヤーは混乱するに違いない。
先の項目で述べたムービーパートについても同じことが言える。
三人称視点ゲームだから、自由自在にカメラ位置を動かして映画で使われている基本的な手法をムービーで違和感なく使えるのだ。

キャラクターの動きを豊かにみせてくれる演出は至る所に使われている。
例えば扱いやすくて主要な攻撃法になりやすい体術はこのようなカメラの切り替わりが使われている。
ゾンビに飛びかかられてしまったときも独特のカメラ位置にかわっている。
たくさん用いられているイベントシーンの際には必ずと言って良いくらいカメラは自由に動く。
つまり三人称視点シューターは「視点が自由」なのである。
一人称視点ゲームよりも演出に幅を持たせることができる、と言い換えることもできるだろう。
三人称視点の長所を利用した演出は、「死角の多さ」よりも『バイオハザード6』の特徴を形作っていると言える。
巨大な敵から逃げろ!!

クロスオーバーと映像メディア

幾人もの主人公達の物語が交錯し大きな話へと昇華していくクロスオーバーの手法は、もちろん映画や小説で使える技法なのではあるが、ビデオゲームの方が向いている。
理由は「視覚と聴覚からの情報量」、「複数回プレイされる点」においてビデオゲームが際だっているからである。

小説と映画・ビデオゲームを比べると視覚的な情報量に差がある。
文字を読んで想像するしかない小説よりも、映画のように映像を使った方が豊かな情報を伝えられる。
本当に物語がクロスしているかどうかを確かめるには同じ場面であることを読者や視聴者に伝えるのが手っ取り早い。
その点、映像の持つ情報量は極めて大きく、相手にすばやく伝わる。

映画とビデオゲームと比較すると、ビデオゲームの方がとりわけ「複数回プレイされること」が暗黙の了解になっていることが多い。
なんど遊んでも異なる体験を提供するための優れたAIや深い自由度が、ビデオゲームらしさを形作っているのだ。
交差する物語はどうしても複雑なので、一回クリアしても完璧に分かることはない。
それゆえリプレイ性を重視するビデオゲームにおいて、リプレイするモチベーションを高めるクロスオーバー物語は歓迎すべき技法でもある。

『バイオハザード6』が物語で得たものとは?

ここで一旦『バイオハザード6』のストーリーに関する評価をまとめておこう。

ビデオゲームの歴史は単純な試合や競技といったものに物語を付け加えることで発展してきた。
1990年代終わりごろからはムービーや会話といったもので中断されることのない、リアルタイムな演出が模索されてきた。
『バイオハザード6』はその流れを引き継いでいる。
映画や小説の基本をしっかりと押さえた厚みのあるストーリーをバイオシリーズ上類を見ないほど取り入れた。
また三人称視点のアクションゲームという特徴を生かし、自在なカメラワークで迫力のある演出を詰め込んでいる。
大筋も細部も緻密に作られているのだ。

だが、良いところばかりではない。
遊んでいるとストレスばかり募ってしまうような欠点も抱えてしまっている。
とりわけ豪勢な演出のほとんどがQTE(クイックタイムイベント)と組み合わさっているため、演出の良さをかき消してしまっている。
次からは失ったものを見ていこう。
主人公達が集まって共闘する場面も

QTE(クイックタイムイベント)とつまらないボス戦・イベントシーン その1

誰もが指摘しているほど目につく『バイオハザード6』の欠点がQTE(クイックタイムイベント)の醜悪さだ。
QTE(クイックタイムイベント)とは、画面に表示される「○ボタン」「×ボタン」をムービーのようなシーンにおいて押していくゲームシステムのことである。
リアルタイムであってもカットシーンでは操作を受け付けないので、ムービーは退屈だと言われる。
そこでカットシーン中でもプレイヤーに緊張感をもたせ退屈させないように、ときおりボタン入力を要求するような手法が使われ始めた。
ムービーに映る登場人物達のアクションに自分の激しいボタン入力を重ね合わせ追体験する、という意味も持ち合わせている。
まあこのように言うとクイックタイムイベントはさぞかし凄い発明品のように聞こえてしまうかもしれない。
実際画期的ではあるのだが、使い方を間違うと酷いことになってしまう面もある。

クイックタイムイベントの欠点は主に「通常操作との断絶性」「リカバリーの不可能性」「操作の単純さ」である。
『バイオハザード6』で使われているクイックタイムイベントは、三つの弱点がものの見事に当てはまっている。 まずは「通常操作との断絶性」について見ていこう。
ゲームを遊んでいるれば誰だって操作に馴染んできて、自分の思ったとおりに動かせるようになる。
つまり上手くなっていくわけだ。
ところがクイックタイムイベントで要求される操作は、ふつうに敵を攻撃したり敵の攻撃を避けたりする操作方法とは全くの別物になっている場合がある。
『バイオハザード6』で言えば、敵に格闘攻撃をする場合は「R1ボタン」なのに、クイックタイムイベント中に敵をぶん殴るのはなぜか「×ボタン」だったりするのだ。
これではクイックタイムイベント以前に積み重ねてきた努力や技術を全く生かせない。
しかもやたらと入力のタイミングがシビアだったらたまったものではない。
何の脈絡もなく画面に表示されるボタンを死にながら覚えるだけ、のイベントが楽しいゲーム体験になりうるのだろうか?
また時間が経ってクイックタイムイベントの存在や入力ボタンを忘れれば、即ミスとなってしまうようなものに楽しみを見いだせるのだろうか?
そんなものは面白くないはずだ。

次に見るのは「リカバリーの不可能性」である。
やや先走って書いてしまったが、クイックタイムイベントはミス(=即死)につながりやすい。
なぜならば「通常操作との断絶性」があるため、身構えていても面食らってしまうからだ。
しかも『バイオハザード6』は最悪なことに、ミスのほとんどが死への片道切符である。
ハッキリ言って、失敗のリカバリーを許さないようなデザインはヘタクソそのものだ。
多少のミスをも許容できないゲームはストレスを与えやすい。
もちろんミスばっかりしていてどうにでもなってしまうと、それはそれで緩すぎるのだが。
クイックタイムイベントの一例。落ちそうになったらボタン入力をして危機脱出。

QTE(クイックタイムイベント)とつまらないボス戦・イベントシーン その2

最後にみるのは「操作の単純さ」だ。
私たちはゲームのキャラを動かしてステージをクリアしようとするとき、実のところ膨大な数の信号をコントローラーに入力している。
入力したコマンドを画面に表示するツールを使うと、本当に目が回るくらいの量になっている(想像しにくければ文章を打つときに入力するアルファベットの数でも考えてもらえばよい)。
しかもかなり複雑な組み合わせでボタンを押している。
ではクイックタイムイベントで、そのような複雑なコマンドを要求したらどうなるのだろうか?
実際、ついて行けるプレイヤーは少ないだろう。
波動拳コマンドを「下、右斜め下、右+パンチ」と視覚的に覚えている人はあんまりいなくて、殆どが「コントローラーをくるっと下方向から回して、右側のパンチボタンを押す」と身体の感覚的に覚えているはずだ。
クイックタイムイベントとは、「波動拳をだせ!」と言わずにいきなり唐突に「下、右斜め下、右+パンチを入力しろ!」と言っているようなものなのだ。
だからクイックタイムイベントでは「×ボタンを押せ!」「○ボタンを押せ!」といった単純な操作を要求する。
いきなり「L1ボタン→R1ボタン、L1ボタン+×ボタン+左スティックを倒せ!」なんて要求を『バイオハザード6』はしないのだ(おそらく左の文を読むと頭の中が混乱するとおもう。そういうものなのだ)。
ここで「通常操作との断絶性」とのジレンマが多少なりとも生まれてくる。
つまり通常操作を再現しようとしてもクイックタイムイベントではある程度しか再現できないのだ。
しかもクイックタイムイベントは、殆どが通常では表現できない演出のために使われている。
どうにもこうにも通常操作との連続性を重視するには相性が悪く、どうしても「単純な操作」になってしまいがちだ。

『バイオハザード6』では以上のような欠点をもつクイックタイムイベントがところせましと使われている。
なぜ使われているのだろうか?
先の項目で述べた「三人称視点ならではの演出」と大いに関係がある。
通常のゲームシーンでは扱えないような演出を自由なカメラ操作で行わせるとき、プレイヤーは見ているだけになってしまいがちだ。
「だったら全部操作不可能にすればよいのではないか」となるのだが、そうしたらほとんど見ているだけのゲームに生まれ変わるだろう。
であればCG映画の『バイオハザード ダムネーション』見ればいいんじゃないのか?ともなりかねない。
やはり、どこまで操作させるか、或いは操作させないか、そこにクイックタイムイベントの不安定な立ち位置とジレンマが垣間見える。
クイックタイムイベントは『バイオハザード6』最大最悪の欠点であり、また演出の豪華さと不可分なところがまた問題を深くしている。
なぜ□ボタンを押さなければならないのか?という疑問に答えられないシーンの一例

QTE(クイックタイムイベント)とつまらないボス戦・イベントシーン その3

「三人称視点ならではの演出」は実際のところクイックタイムイベントが使われているか、それとも似たようなコンセプトで作られている。
典型例が画面に収まりきらないほど巨大な敵が主人公達を追っかけてくるシーンである。
このシーンではカメラがぐるっと回ることによって敵の巨大さや圧迫感を画面に表現している。
しかし一方でカメラの視点がいきなり切り替わったり不安定になったりすることによって、プレイヤーはどのように動かして良いのか分からなくなってしまう。
うろうろしていると待ち受けるのが「即死」である。
要は、通常のゲームプレイとは全く異なる操作や攻略法があるのだけれども、上手くプレイヤーに伝えきれていないのである。
ついでにいうと豪華な演出とは裏腹にタイミングが極めてシビアだ。
まあ敵から追っかけられたり崩れ落ちる足場から逃げなければならない緊迫感が大事だからシビアで当たり前なのだが、チンタラしているとすぐに即死なのはいただけい。

ボス戦も演出重視だと言える。
やたらめったら堅くて、ダメージを与えているのかいないのかよくわからないボス戦ばかりだが、相当量ダメージを与えると大概のボスひるむ。
ひるんだら近づいてクイックタイムイベントを発動させれば大きなダメージを与えられる。
すなわちダメージを与えているかどうかはクイックタイムイベントチャンスの有無で判断せよ、ということになってしまっている。
おまけにほとんどのボスにとどめを刺すにはイベントを発動しなければならず、ボスを倒したときの達成感が薄れがちだ。
確かにボスとの死闘をこれでもかこれでもかとクイックタイムイベントで演出するのは見ていて楽しい。
しかし入れすぎなのである。
ゲーム終盤では同じボスと執拗な戦闘を繰り返す必要もあり、どうしてもうんざりしてくる。
付け加えるなら、イベントシーンと同様にどのボスも攻略法がほぼ決まっていて、分からない限りはなかなか倒すことができない。
つまりボス戦がクイックタイムイベントの変種のようにさえなっているのである。

単調で、突然現れてできなければ即死。どのチャプターを遊んでもお目にかかり、イライラさせる。
『バイオハザード6』のクイックタイムイベントとはこのような仕様なのだ。
ボス戦の中のクイックタイムイベント

ストーリー・演出重視の弱点

他にもストーリーと演出で失ったものや入れなかった方がよかったものがたくさんある。
まず『バイオハザード6』はせっかくCOOPできるのに、COOP向きのマップや場面が少なくなってしまった
『5』と比べてもパートナーと協力しなければ突破できない場面は減り、他人のゲームにジョインしようにもチャプターが長くなりすぎて気軽に遊べない状況になってしまった。
ふたりで協力して進むべきシーンが無くなって、ほとんどが一人でどうにでもなる。
COOPプレイ強化に注ぐリソースが無かったのではないかと思いたくなるほどだ。
また、ドラマを見るかのように山あり谷あり起承転結ありにひとつひとつのチャプターを作っているため、区切れの良い場面まで急いでも一時間近くかかるものばかりだ。

そして無駄なカーチェイス要素によってつまらない場面が増えてしまった
車に乗って敵を追跡するシーンは多くのゲームで使われているせいか、実に質が高くなっている。
『バイオハザード6』でもお約束のように使われているのだが、これがもう出来が本当に悪い。
実車のスケールや町並みを無視した高速道路みたいな道をたどりながら、前を走る逃走車両を追っかけなければならない。
しかも中途半端に難しく、スピード感のなさによってストレスしかたまらない場面だ。
同じようにバイクに乗って逃走するレースゲームのようなミッションはうってかわってクイックタイムイベントが大量に配置されている。
こちらはゲーム本編と同様に、演出は目を見張るが即死によってイライラしやすい。

他には武器強化がなくなりスキル強化にかわった点やコスチュームチェンジが廃止された点も指摘しておきたい。
おそらくムービーと実ゲームの整合性をとるためこのようなことを行ったのだと思われる。
しかし周回プレイのお楽しみが無くなってしまっている。

ただ体術は面白い

しかし演出によってゲームが全てダメになったわけではない
例えば見ていてもカッコイイ体術の使い勝手が上がり、普通のTPSとは異なる感覚で遊べるようになった。
前作までの体術よりと比べると発動がずいぶん楽だ。
敵を銃で撃ち華麗な体術で仕留めるというバランスは独特かつ銃撃一辺倒にならないので飽きにくい。

クイックショットの追加も演出面・実用面どちらから見ても共にすばらしい
シューターはどうしても死角がでやすく、また照準を敵に合わせて攻撃する性質上、コントローラー(ゲームパッド)には向いていない。
そこで登場するのが、一定距離内の敵を自動的に攻撃できるクイックショットなのだ。
しかもクイックショットを当てた敵には強力な特殊体術をお見舞いできるようになる。
前のシリーズ作よりも体術が使いやすくなった理由はクイックショットの追加によるところが大きい。
ついでに言えばクイックショットはモーションにも凝っている。

攻撃されることによって変化するクリーチャーのデザインも秀逸だ。
ゾンビとは違った気持ち悪さをうまく表現できている。
わざと変化させないように攻撃して楽に倒す、という戦略性も生まれている。
クイックショット

終わりに…バイオハザードシリーズとは?

ストーリーと演出に凝ったせいで影響を受けたゲームならではの要素をまとめると次のようになる。
クイックタイムイベントの多用によって、単純な操作と反射神経と記憶力しか要求されない場面が増えてしまった。
ミスすれば即ゲームオーバーになったり、攻略法がわからなければいたずらに時間だけかかるボス戦も多い。
演出を重視するためにCOOPプレイも犠牲になってしまった。
ただ、クイックショットや体術の導入はゲームに幅を持たせている。

『バイオハザード6』には多用な登場人物の物語が折り重なった魅力的なストーリーがある。
ところが演出を重視し、ストーリーをゲームシステムよりも先行させたためか、欠点が大いに目立ってしまっている。
演出とストーリーに力を注いだためにゲーム部分がどうしても犠牲になってしまった、とさえ言える。

バイオハザードシリーズは依って立つアイデンティティが揺らいでいる。
2012年現在では三つの基本的な要素があると思われる。
ひとつは「ホラーゲームとしてのバイオハザード」だ。
元々サバイバル感とホラーを全面に押し出したこともあって、バイオシリーズの代名詞でもある。
2012年に3DSで発売された『バイオハザード リベレーションズ』はホラー要素が濃密なことで知られている。
ふたつめに「アクションゲームとしてのバイオハザードシリーズ」である。
固定視点のラジコン操作から一転、『バイオハザード4』でアクション重視のシューターへと変貌し、絶大な評判を得た。
『バイオハザード5』においてCOOPプレイをフィーチャーしている点もその延長上にある。
2011年には3DSでひたすら敵をたおすマーセナリーズモードだけを収録した『バイオハザード ザ・マーセナリーズ 3D』も発売され、そこそこ売れている。
外部開発のスピンオフではあるがCOOP専用TPSの『バイオハザード オペレーション・ラクーンシティ』が発売されたのも最近の2012年である。
みっつめが「物語としてのバイオハザードシリーズ」である。
ナンバリングの新作やスピンオフが大量に生まれていくうちに設定の上に設定が付け加えられていって、壮大な物語世界になってしまっている。
そこに一旦終止符をうったのが『バイオハザード5』であった。

『バイオハザード6』は以上三つの要素が巧みに混ぜられている。
ホラーゲームを意識したチャプターやシーン。アクションを楽しませるためのクイックショット・体術・クイックタイムイベント・おまけモードの存在。 物語を壮大にするための映画を意識した演出。
三つとも重視しなければならないいま、もはや昔懐かしいバイオハザードには戻れなくなってしまったのである。
しかし、これからどこへ行くのだろうか。
フルスクラッチしなければ、キメラのように各要素が反発しあって長所と短所をつぶし合った結果生まれるアンバランスな部分をどこかに必ず内包する新作が今後とも続くに違いない。
三人称視点を生かした迫力あるカメラワークは良いのだけれども…

まとめ

演出への凝りようは目を見張るものがある。
反面、ストーリーを重視するあまりに犠牲になった部分が大きいゲームだ。
極めて高いレベルでまとめあげられてはいるのは確かだが、あからさまな欠点をも併せ持つ。

74点

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