100年後に遊んでどうなるか

ビデオゲームを遊ぶためにはソフトとハードが必要です。どちらもそろって初めて遊べます。ということは片方が欠落すれば遊べなくなってしまう。

当たり前といえば当たり前。しかし、ファミコンやプレステが100年、200年たった後も残り続けるだろうか、という問題があります。経年変化でハードウェアが劣化し損傷してしまうと二度と遊べなくなる。つまり物理的な要因で将来の世代にビデオゲーム遺産が残せなくなる可能性があるのです。

ソフトウェアの面ではエミュレータを使って未来のハードウェアやPCで「再現」することはできましょう。(注 PCのようなソフトウェアを再生するための装置が物理的な要因で失われたり、あるいは市場競争で淘汰されてしまうことは今回考えません)それでも実は完璧ではないのですよね。なぜか。昔の人たちがゲームを遊んでいた状況を完全に再現するとしたら、ソフトウェアの再現以外も考えなくてはならないからです。たとえばファミコンでしたらブラウン管モニターにRF接続して、ザラザラした小汚い画面で遊んでこそ、80年代のファミコンなわけです。

この問題、アーケードゲームでよく議論されます。いかがわしいゲームセンターの雰囲気を残す80年代初頭のイメージ、狭い室内にゲームが密集して廃熱が足りなくなりうだるような温度のゲームセンター、以上のような風景はもちろん、アーケードゲームならではの「筐体」を考えなくてはなりません。筐体(きょうたい)とは、ゲーセンにいったらおいてある巨大なゲームマシーンです。UFOキャッチャーのようなもの、ボーダーブレイクのようなもの、あるいはブラウン管モニタとスティックとボタンが一体型となっているお馴染みのものすべてを引っくるめて筐体と呼びます。

いくらPCでアーケードゲームをエミュレータで再現しても、当時の環境までは再現できない・・・。だからこそ、どうやって遊んでいたのかは残しておかないといけません。私たちはいま、どのようにビデオゲームを受容し、拒否しているのか?を振り返るためにも、振り返ってもらためにも。