最近・・・

ウェブサイトの運営が三年目に突入していた(2年が経った)。そろそろリニューアルしようかと思っています。今よりも見やすく、わかりやすく作り変えます。

 

大きな変更は2点

 

1.レビューをジャンルごとに分ける

2.レビューを読みやすく書きかえる

 

2はかなり時間がかかると予想されるので、全てのリニューアルを終えないうちに公開する予定です。

色々と雑記

言いたいこと、気がついたことの詰め合わせ。日記です。

 

1.『ラストリベリオン』がクソゲーオブザイヤー2010に選ばれたらしい

 

不名誉な御墨付きまでいただいてしまった『ラストリベリオン』。久しぶりに私のレビューを読んだらかなり分かりにくい書き方になっていることに気づいた。もっと素直に書いておくべきだった。

 

それはともかく、『ラストリベリオン』は本当に面白くないです。それを分かってて購入するのもいいかも。

 

 

2.アトラスの『キャサリン』がなんだかおかしい。企業ぐるみで好評価アマゾンレビュー投下とか

 

そんなに大ヒットしているわけではない(小ヒット)のに、発売と同時に大量のレビューが投稿されていたり、高い評価が目立ったりしているらしい。露骨な行為はばれてしまうね。

 

 

3.いつのまにか自分のアマゾンレビューの投票総数(参考になった、参考にならない、の総数)が1000を超えていた

 

投票してくれた方々に感謝します。投票が行われると、それだけ人の目についたと解釈できますから。

 

みなさんは言葉とか文字って何のために生まれたのか考えたことはありますか?私は「自分の伝えたい何か」を伝えるために言葉が生まれたのだと思っています。言葉は視覚と併用して使うことができて、それだからこそ大量の情報を伝えられるんですよね。これは実にすごい。相手の態度を見たりする「視覚」と音声を聞く「聴覚」は一切のよどみなく調和します。五感すべてに言えるかもしれない。それだけの情報量を伝えられる言葉は、自分だけの世界に閉じこもる人にとって必要ない。

 

一方、文字は視覚情報だけに限定している。だから伝えられる情報量は意外と少ない。しかし、時間や場所を超えて広がる性質があります。これは言葉が「その場限りのもの」であるという欠点を補って余りある長所です。なぜ人間が文字を発明したのかと言うと、私は「時間と場所」を飛び越えてまで自分の考えること(や事実)を広められるからだと考えています。

 

で、本題に戻ります。アマゾンのレビューで反応があると、私のレビューが読まれたのだと私は理解しています。私は「参考になった数」だけでなく、「評価された数」の方も見ています。ウェブサイトのアクセス解析を見るときも、「アクセス数」は自分の意見を読んでくれた人の数だと読み替えています。やはり言葉は自分以外の誰かに伝えてナンボのものです。誰にも伝えない言葉、文章、ひとりごとは寂しい。

 

4.今後の予定

 

バイオハザード5のレビューをアップロードする

バレットストームを購入し、プレイ感想。レビューを書く

クエイクウォーズ、トイウォーズのベータテストに参加して感想を書く

 

三月末にクライシス2を買う。それまでに暇があれば他のゲームをやる

キルゾーン3は買わないかもしれない。時間を見て決める

 

バイオハザード5 その2

 昨日、「バイオハザードのホラーは「銃を立ち止まって撃つこと」に力点があるのではなく、あくまでも雰囲気や演出にあった」と書きました。今日はもう少し掘り下げていきます。

 

『バイオハザード』は敵からのプレッシャー(圧力)が強い。特に『4』以降の「肩越し視点シューティング」では顕著です。のっそりと動く敵、ゆったりと動く主人公、そして構えることによって拡大される視点の三点によって敵が大きく見えます。

 

このようなプレッシャーが一種のストレスとなりますが、逆に敵を粉砕できたときは「ホッ」とします。すなわちストレスを発散することが『バイオハザード4』や『5』の戦闘のキモなのですとりわけショットガンはストレス発散システムと愛称が良いので、ショットガンは『バイオハザード4』や『5』の名物といえるでしょう。ショットガンを使えば、敵をギリギリまで引きつけ、一撃で数体の敵を一気に吹っ飛ばすことができます。

 

ではバイオハザードのホラーは「雰囲気や演出にあった」と考える理由をこれから書いていきます。この際使うのは『バイオハザード5』の追加コンテンツ「LOST IN NIGHTMARES」です。「LOST IN NIGHTMARES」は『バイオハザード5』のシステムで初代バイオハザードを遊んでみる、というようなコンセプトで作られています。ですから『バイオハザード5』とは異なる三つの特徴があります。

 

第一の特徴は不気味な雰囲気と、ドッキリさせる演出によってプレイヤーを怖がらせようとする点です。どう考えても『バイオハザード5』はこういったホラーを無視したゲームでしたので、違いが浮き彫りになります。

 

第二の特徴は戦闘よりも、謎解きやお使いに力を入れていることです。今日の話ではあまり関係ない。

 

第三の特徴で、私の思うに最も興味深いのは、旧作で使われていたような見下ろし視点でも遊べることです。「LOST IN NIGHTMARES」は『バイオハザード5』と同じ肩越し三人称視点でも遊べます。これも、視点の違いがゲームにどのような変化をもたらすかを分からせてくれます。

 

「LOST IN NIGHTMARES」は肩越し視点で遊んでいても、見下ろし視点で遊んでいても、なかなかホラーゲームぽい面白さがあります。急に襲われる緊張感や、不気味な洋館の空気が実に良い味を出しています。要するに、ホラーゲームとして「LOST IN NIGHTMARES」を見るならば、視点の違いによる差はあまりないのです。視点の違いを生かした恐怖演出はない。バイオハザードがホラーであるためには、見下ろし視点であるか肩越し視点かは関係ありません

「視点の違いは何に関係あるのか?」。肩越し三人称視点については何度も言っているように、「ストレスを、一気に発散させるというような戦闘」を取り入れるために、肩越し視点が使われています。本来は視点の狭さを利用したホラー演出にも使われてもよいのですが、バイオハザードでは壮快な戦闘を実現するために使われています。言ってみればホラーを犠牲にしてまで、ストレスと発散のアクション性を取り込んでいるのが『バイオハザード4』や『5』です

 

 

ここまでいくと「ホラーって何なのか」という定義まで変わっていくような気はします。個人的には、高いアクション性とホラー要素は両立し得ないと考えています。戦闘で興奮してアドレナリン放出状態になれば、恐怖なんて感じませんから。敵を虫けらのように倒せる人間が敵に恐怖するわけがない。ホラーゲームと銘打ってあるなら、どのようにプレイヤーを怖がらせるかを第一に考えなければならないのではないか。ゾンビをだしてしまえばホラーになるわけではないでしょう。そしてスプラッターばかり追求すると、そこはホラーではなくてただの悪趣味です。気持ち悪いクリーチャーが次から次へと出てきて、それを銃で撃って体液をぶちかましながら進むのがどこのホラーなのか。気持ち悪かったらそもそも撃てないでしょう。ゴキブリが嫌いな人は、あれをみるだけでなにもできなくなるわけです。腰が抜けるはずです。軽やかに敵を屠るアクションゲームでは、腰が抜けるという生理現象を再現できません。

(遊んでいる人が中断することはできます)

 

っていうか、恐怖するのは主人公でもプレイヤーでもなく、やられているモンスターや敵でしょう。ゾンビさんは一人の奴に容赦なく殺され続ける仲間を一人でも多く助けるために、主人公に向かってくるんですよ。

 

『バイオハザード5』はホラーゲームではないと思います。前作の『4』もそうです。あれはアクションゲームです。細かく言うならサバイバルアクションです。ですので、レビュー等ではサバイバルアクションとして話をします。

 

 

 

 

バイオハザード5のこと その1

今日はちょっと長い。バイオハザード5の話題です。

 

バイオ5は2009年に発売されたバイオハザードシリーズ7作目にあたります(外伝のような作品は除きます)。バイオはシリーズ5作目の『コードベロニカ』まで同じようなゲームをひたすら作りつづけてきた結果、ファンにずいぶんと飽きられてしまいます。まあ好意的に考えると、「バイオハザードかくあるべし」を作り上げたと言えるでしょう。

そしててこ入れが行われます。シリーズ6作目の『バイオハザード4』をGC(ゲームキューブ)で発売するとき、それまでとはぜんぜん違うゲームへと変貌しました。『バイオ4』はカメラをキャラクターの背後に据えた、背後視点のシューティングアクション(人によってはTPSとも言う)です。バイオシリーズといえば固定カメラでラジコン操作のアクションアドベンチャーゲームでしたから、『4』でアクション性を高めたことはずいぶんと思いきった判断です。『4』は発売後ゲーム自体は傑作と評されましたが、熱烈なバイオファンからは手厳しい評価も下されています。

『バイオハザード5』はこのような『4』を踏襲して、もう一度舞台を変えて造りなおしたゲームです。さらにアクション性を高めたり、COOPプレイに対応したりと、もはやかつてのバイオの面影はなくなっています。

 

以上がバイオ5を話すときの「前提知識」です。これを共有しないと今日からの話はわかりにくくなると思います。

 

 

 

『バイオハザード5』は何を以ってバイオハザードと名乗るのでしょうか。まあ、色々と考えられます。そこで今日は「ふつうのTPSではない」という観点から少し考えてみます。ここで言う「ふつうのTPS」とは、欧米の会社が作っているTPSのことです。その中でもFPSのような操作方法・ゲームシステムを組み入れた物を意味しています。

 

結論から言ってしまうと、動きながら銃を撃てないことがバイオハザードならではの要素になっていると私は考えています。海外サイトで「バイオ6への提言」を読んだときに、「動きながら銃を撃てるようにしろ!」というのがありました。しかし私は、動きながら銃を撃てるようにしてしまってはただのTPSに成り下がってしまうと考えています。

 

海外製のFPSもどきとも言えるTPSは、自分の好きなように動かしやすく作られていることが多い。一人称視点のFPSの視点を変えただけとも言えます。言いかえると、一人称視点は主人公の目線にカメラがありますが、「ふつうのTPS」は、そのカメラを主人公の背後に固定させたものだと考えられます。ですから操作方法もゲームのバランスのとり方も極めてFPSに似通っているのです。

これではわざわざ三人称にする意味が全くありません。実際はカバーアクションやキャラクターの切り替えなどに生かされていることも多いんですが、操作感はほとんどFPSと同じです。

 

『バイオハザード5』に戻ってみますと、動きながら銃を撃てません(と言っても『4』からの延長ですが)。これは「ふつうのTPS」ではありえない。なぜなら「ふつうのTPS」では動きながら銃を撃てるからです。そこで一部のFPSではアイロンサイト覗き込みを使って疑似的に、銃を撃つときは止まることを表現したり、一旦静止して銃を撃つことを高等テクニックに組み込んでいます(たとえば『カウンターストライク』)。『バイオハザード4』や『5』のうまいところは、キャラクターが実際に銃で命中をつける仕草を画面で大きく見せているところにあります。現実では銃なんてものは構えなきゃ当たらないわけです。バイオハザードは、そういうリアルさをプレイヤーにハッキリと意識させることに成功しています。

 

 

ではなぜ「ふつうのTPS」では、立ち止まって撃つようなゲームではないのでしょうか。理由は簡単、対戦ゲームのためです。『バイオハザード5』のシステムではまともな対戦ゲームは作れない反面、動き回れる「ふつうのTPS」は作りやすい。『バイオハザード5』にはおまけとして対戦モードがあります。そこでの対戦は実に滑稽です。敵を探す→敵を見つける→構える→しかし敵は逃げ出したので、構えを解除し敵を追いかける。このような「鬼ごっこ」になってしまいやすい。また、本気で戦おうと思うと、常に構えられるように引き気味に戦わざるを得なくなるため、非常に地味になりがちです。これでは楽しい対戦ができるわけがありません。

 

そして「銃を撃つときは構える」ことを強制させることで、敵を大きく見せています。銃を構える分だけ敵をジッと見つめなければならないわけですから、嫌でも敵の印象は強くなるわけです。余談ですが、このように「敵を見つめること」を組み入れた名作ホラーゲームに『零~zero~』(PS2,XBOX)があります。ホラー成分を極限まで高めたのが『零~zero~』だとすれば、アクション性と爽快感を高めたのが『バイオハザード4』や『5』であると思います。『バイオ4』や『バイオ5』は銃を構えなければならないストレスを、一気に発散させるというような仕組みになっています。敵が飛沫をあげて吹っ飛んでいく壮快さが重要です。

 

同じようなストレスの溜め込みと発散を併せ持つゲームに「弾幕シューティング」と呼ばれる物があるけれども、それはまた別の機会に話します。

 

 

もうひとつ。「銃を構えること」がホラー要素のアップになるといわれています。思い通りに動かせないことで難易度を上げ、恐怖感を募っていると言われています。しかしこれはちょっと『バイオハザード5』にはあてはまらないと思います。前作の『バイオハザード4』をやったときは秘密教団相手に戦う雰囲気と相俟って説得力を持っていましたが、『5』には恐怖を募らせるような仕掛けがないです。実は追加コンテンツにはホラー要素を高めた追加エピソードがあり、バイオハザードのホラーとは「銃を立ち止まって撃つこと」にはないことをわからせてくれます。あくまでも雰囲気や演出にあったとわかるようになっています。これについてもまた後日くわしく書きます。

まとめます。バイオハザードがふつうのTPSではない理由は、ストレスと爽快感を併せ持つゲームデザインを実現するためです。そこにはホラーゲームだからと言う理由はありません。

 

久しぶりの更新でながくなってすいません。

 

 

 

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こち亀173巻の感想とか

月末まで急がしいので更新頻度が落ちると思います。三月に入ったらまた通常通りの更新に戻る予定です。

 

 

今月こち亀173巻が発売されたので感想を書いておきます。 こち亀の感想はレビューではないです。砕けた調子で思ったことを書きます。

 

173巻は見たことのある展開が多い「お約束巻」だと感じました。両津が調子に乗って羽目を外して痛い目にあう、ゴマカシや嘘をついて利益を得るが最終的にばれてお仕置きを受ける。こういう話が多かった。このパターンは著者の好きな展開と言うこともあり、よく見かける。あとは、両津が付け焼き刃で得た知識・技能を披露しようとするが付け焼き刃がアダとなる話。両津の商売が繁盛する話。

 

ひとつだけ良かったと思ったのは大阪ネタの話。基本、こち亀の大阪ネタは「滑っている」ことが多い。そもそも大阪弁からしておかしいわけで通天閣署のキャラクターがでるだけで不愉快になりやすい。今回もおかしな大阪弁がでてくるが、それを差し引くと話のオチ方が珍しいのがGOOD。話も両津のアウェー感がでているのがよろしい。私見だと、大阪編は数ヶ月に一回だせば良いアクセントになる。あれを続けられると最悪だが。

 


 

ダブルクラッチのレビュー(XBOX360版)を追加しました。読んでいない方はどうぞ。くそげーです。

 

今後の予定は、バイオハザード5のレビューをします。ついでにレビューをジャンル別に分けます。いまは機種別になってるせいで、たぶん読みづらくなってしまっている。それをなおします。