シューティングゲームが作られていく理由

シューティングゲーム祭りみたいなことになっている昨今。3月末にXBOXLiveアーケードから『星霜鋼機ストラニア』、先日はXBOX360に『バレットソウル』『エスカトス』、来月は『赤い刀』がでる。どれも2Dのシューティングゲームです。

 

昔から言われているんだけれども、シューティングゲームの形式はアーケードゲームスタイルとか呼ばれている。3分100円、1分100円でお金を吸い込んでいくようなアーケードゲームの要求に応えるような形で難易度やゲームシステムが作られているわけです。高い難易度、コンティニューを拒絶、スコア稼ぎ、といったことが代表的でしょうか。

 

ところが家庭用ゲーム機「専用」で発売されるシューティングゲームは、なぜかアーケードゲームスタイルを踏襲しているものが多い。ゲーム機用に一から作ってみればいいのに、なぜかアーケードゲームスタイルで発売されています。なんでそうなるのでしょうか。それには色々な理由が考えられます。簡単に二つ指摘しておきます。

 

一つ目の理由は、アーケードゲームのような「ワンコインでゲームをクリアする」行為自体が面白さを生み出している点。死んではならないと思わせる緊張感、死なないためにパターンを構築する必然性が生まれます。こういった調整をされたゲームが好きな人はいます。

 

二つ目の理由は、リソースの問題。ゲーム機で発売するためにアレコレ付け足していくとお金がかかってしまう。だから最初からゲーム機向けにつくることはせず、シンプルなアーケードゲームスタイルで発売する。アーケードゲームスタイルで発売しても、一部の熱狂的なユーザーはそれ(=アーケードゲームスタイル)を特に好むわけだから、わざわざアーケードゲームスタイルを破棄して家庭用ゲーム機スタイルに合わせる必要もありません。

 

もっと嫌みな言い方をすれば、アーケードゲームばかり作っていた人たちは、ゲーム機向けに何をすればいいのかがシックリこないというのもあるかもしれません。やっぱり継続的に作ってこなかった人と、作ってきた人には大きな差が生まれます。そこで資金や技術の問題を隠すために「昔ながらのスタイルにゲームのあるべき姿がある」とか「昔風を狙ってみました」と、自分たちの限界それ自体をネタにして宣伝文句を作るのではないでしょうか。

 

言い換えます。売り上げを気にするならば何かやろうと思っていた仕様ができなかったとき「技術も金もありませんでした」なんていう弱音を吐いてしまってはいけないんですね。だから強気の発言をする、とも考えられます。

 

 

弱小メーカーが生き残っていくためには何かしら尖ったものがなければならない。そのためには「アーケードゲームスタイルの2Dシューティングゲームという秘境」が残されていた方が良いのかもしれないですね。とはいえ、だんだん市場も狭くなっていくわけですから新規ユーザーを取り込まなければならない。明日はメーカーがどういう工夫をしているかをザクッと紹介します。