書いた文章をある程度放っておく

ヘミングウェイは原稿を書き上げた後に、貸金庫に預けていた。そして締め切り日が近づくと金庫から取り出して読み直しながら改稿を施したらしい。

文章を書いているとヘミングウェイの行動には理があると感じる。文章を書き終えた当初は自信満々で「これ以上の文章はない」とさえ思ってしまう。ところが一夜明けて読み直してみると、昨日は完璧に見えた文章の綻びが嫌というほど目に入ってくる。数日後、数ヶ月後に文章を読み直してみると更に欠点が分かる。

書いたときの自己が自分の中からいなくなり、新たな自己になっているからこそ、時間が経ってからの読み返しは意味があるのだろう。自分で書いた文章は最高の美文である。しかし他人の書いた文章は最低の悪文である。時を経た自分の文章は、他人の文章と同じだ。

私の場合はと言うと、ゲームのレビューはなるべく一夜明けてからアップロードするようにしている。とはいえ数ヶ月経ってから見直してみると変なところがたくさん見つかる。「何でこんなことを書いたのか」がまったく理解できないような恥ずかしい文章もこれまた多い。論理が明快でない、理解しにくい、くどい文章がたくさんあることに気づく。いま、私がウェブサイトの文章を全面的に見直しているのは、過去に書いたダメな文章をなるべくよりよいものにするためでもある。もちろんデザインの改造という意味もあるけれども。